アイコン 性欲以外でセックスをする理由って? 『ロマンス暴風域』作者・鳥飼茜さんインタビュー【前編】

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性欲以外でセックスをする理由って? 『ロマンス暴風域』作者・鳥飼茜さんインタビュー【前編】


皆さんはどんなときにセックスをしますか? 「男性は誰とでもセックスがしたい生き物」「女性は好きな人としかセックスしたくない生き物!」というイメージがあるかもしれません。でもセックスを巡る事情はもう少し複雑。

今回はセックスに対する男女の考え方を、もう少しきちんと知るべく、作品を通して“男と女の性の差”に斬りこんできた漫画家の鳥飼茜さんに話を聞きました。

発売中の新刊『ロマンス暴風域』2巻は、誇れる肩書もお金も持ち合わせていない“恋愛弱者”の30代男性が、真実の愛を求めて奔走する姿を描いた物語。

作中第2部では、第1部で非モテキャラで通っていた主人公のサトミンが、大失恋を経て覚醒。半ば自暴自棄になったことで逆にモテ始め、さまざまな女性とセックスを繰り返していきます。


――第2部で主人公のサトミンは、彼氏とうまくいってないという年下の女の子に対しては「美咲ちゃんがしっかりしてるぶん彼が幼く見えるよね」、バツ2なことを気にする年上女性に対しては「2回も結婚してほしいって思われる魅力ってすごいと思う……」などと、あくまで受け身な態度でありながら女性の心に滑り込み、モノにしていきます。

女性がセックスをしてもいい、あるいはしたいと思う瞬間はどのようなときなのでしょうか。

鳥飼:私は「承認欲求」を好んで描くのですが、女性がセックスをしたくなる瞬間の1つには「私は男性から求められる価値のあるオンナなんだ」っていう実感を与えてほしいときがあると思っています。

自分の10代の頃を思い返してみても、好奇心と“男性から求められたから”というのがほとんどで、相手ありきでした。というのも、私は高校生のときに初めて彼氏ができるまで「私は一生男性とエッチをするとことはできないかもしれない」と思っていましたからね。

――童貞の男性の焦りに近いのかもしれませんね。それは、自分に女性的な魅力が不足していると思っていたということですか?

鳥飼:はい、私の初体験は高校生のときなんですが、それまでの私は身長140㎝台で、おっぱいも小さかったから、女としての性的なアピールポイントがまったくないなって思っていて。

「あのコと付き合いたい、ヤりたい」って思われるのが“一軍の女”だとしたら、私は一生二軍以下の女。だから、一生誰からもお声がかからず、男性とは友達ポジションのまま歳を重ねていくかもしれないっていう不安があったんです。

だから初エッチをした時は、多少の優越感と、「アンビリバボーなことが人生で起こったぞ!」っていう感覚でした。

――承認欲求を満たす手段としてセックスを選択したということでしょうか?

鳥飼:そうです。私にとって「友達ができない」とか「親に甘えられない」っていう、心の穴を一時的に埋めてくれる最初の存在が男の子だったのかなーと。

――セックスをすることで、あるいは経験人数を増やすことで自分に価値が高まるという考え方は、男性的な印象を受けますね。

鳥飼:「経験人数が増える=自分に価値がある」というセックス観は男女ともにあるんじゃないかと思います。むしろ「他人に認められたい」という欲求は女性の方が強いんじゃないかと。

実際に経験人数でマウントをとりあう競争意識は、男性のほうが勝っているかもしれません。女性の中には逆に、「結婚するまでセックスはしない」というふうに、“一発の価値”を高めている人もいますけど。




――セックスの回数によって価値が上がると捉えるか下がると捉えるかは個人の感覚にもよりそうですが、少なくともそれは異性ではなく、同性同士で比較しあってるわけですよね。

鳥飼:そうです。「女の子に生まれたかった」という男性の話を結構聞くんですけど、「女の子に生まれてどうするの?」って尋ねると、「めっちゃ男食いまくります」って言うんですよ。

それもかわいい顔で生まれてくること前提でね。男性を手玉にとってご飯をおごらせてヤリたいっていうのは、男性が男性に復讐するために、女の子になりたいっていう感覚ですよね。

――痛いところを突かれた感じがします。自分よりイケメンだったりお金持ちだったりというハイスペックの男性に対して、そのままだと敵わないから、その人が欲しがるような女性になって手玉にとることでマウントを取りたいということですね。

鳥飼:そう。せっかく美女に生まれ変わっても、それで見返したいのは男性なんですよね。

――とくに見た目の才能は、勉強や運動、スタイルとかと違って、努力だけではいかんともしがたい部分があるからではないでしょうか。

鳥飼:それを聞いて思ったのは、男性は自分が相手にされない(と思っている)美女に対しても、好意や憧れではなく苛立ちもあって、美女に生まれ変わりたいのかもしれませんね。「ズルい、美人に生まれただけで俺たち男が一生懸命働いたお金を奪っていく」みたいな。

――コンプレックスの裏返しはあるかもしれません。


――鳥飼さんは初体験以降も、承認欲求に従ってセックスをしていったんですか?

鳥飼:その後、好奇心の段階に入りました(笑)。男性に対して、「この人はどんなエッチをするんだろう」っていうのが気になって猪突猛進しました。

――自分から男性を“狩りに”行ったということですか?(笑)

鳥飼:はい(笑)。私は異性に対するアピールが下手なので失敗しましたけど、彼女がいても「今部屋に1人だったら乗り込んで行ってヤろ」みたいな感覚でした。

どうせなら見た目が好みの人がいいと思って、電車で見かけた他校の男子の後を尾けて行って友達になったこともあります。一歩間違えたらストーカーですよね(笑)。恋愛感情でもなく、完全に興味でした。

――「女性は好きな男性としかセックスしない」というイメージがありますが、そんなことはなかった?

鳥飼:もちろん、セックスは女性側の方がリスクが大きいので、性欲や承認欲求などがないのであれば積極的にしたいものではありません。でも結局、ヤッてみないと相手のことを本当に好きかどうかもわからないと思うんですよ。

――鳥飼さんは付き合う前にセックスするのはOK派ですか? 男性には「ダメなら別れればいいからとりあえず1回付き合ってみよう」っていう人は多いと思いますが。

鳥飼:むしろ、私はセックスをしてから付き合う方がいいと思っているので、そういう意見に同意です。だってセックスしてない間柄では、どんなに仲が良くても明かしていない部分がある。ヤッた途端に態度が変わるなんてことは、お互いにありますからね。


――『ロマンス暴風域』第29話では、元カノからの誘いをサトミンは断ります。この部分は男性的には、「なんてもったないない」って思ってしまいました(笑)。
 
鳥飼:セックスって、自分の中の“スイッチ”を自発的にオフにすれば、好きではない相手とでもできちゃうと思うんです。

そしてサトミンにとっては第1部で愛した芹香以外の女の子以外はどうでもよくて。彼女に認めてもらうことこそが最大の価値があることで、それが叶わないのは誰に認められても価値がない。

芹香以外は全部一緒みたいな感じです。かわいかろうが、バツ2だろうが、ぽっちゃりだろうがね。

――つまり、ヤッてもヤらなくても一緒だったということですか?

鳥飼:1人だけを神格化してますからね。むしろそれ以外は舐めているというか。その中でも元恋人は、付き合う前や付き合っていた頃よりも、評価がフラットではなく“マイナス”になりうる存在です。「恋人同士だったんだからいいじゃん」と関係を迫られるのは気持ち悪さしかないですからね。

――第二部を通して、サトミンは“芹香という1人の女の子”の代わりを探していろんな女の子と体を重ねていっているようにも見えました。でも、元カノはヤらなくても既に評価がついてしまっていますもんね。

鳥飼:近くにいる人を舐め腐って手が届かなかった女性を神格化する、というのは人間の一番汚い部分でもあり、描きたかった部分でもあります。

そのため『ロマンス暴風域』ではあえて、女性キャラクターに個性が出すぎないように描いているのですが、現実にはみんなそれぞれの人格を持っているわけですからね。


 
本当にしたい相手とセックスをするのが当然本望です。しかし、コンプレックス、競争意識、愛の向きによってセックスの価値は変わってくるもの。

まずはセックスの価値で区切らずに、目の前の人をきちんと見据えることが一番大切なのかもしれません。(辻野拓馬/ライター)

▼後編に続く

(オトナのハウコレ編集部)

▼ロマンス暴風域 (2) 

鳥飼茜 
‘81年、大阪府生まれ。’84年デビュー。『地獄のガールフレンド』(全3巻、KADOKAWA)、『先生の白い噓』(全8巻、講談社)を代表作にもつほか、近刊に『前略、前進の君』(小学館)、『マンダリン・ジプシーキャットの籠城』(KADOKAWA)がある。漫画だけでなく、『鳥飼茜の地獄でガールズトーク』(KADOKAWA)、『漫画みたいな恋ください』(筑摩書房)など、文筆業も精力的にこなす

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